値上げラッシュで消費者物価指数がどんどん上昇しています。スーパーに行くと、とくに高く感じるのは生鮮食品。秋の味覚であるサンマが高いことに驚いている人も多いでしょう。どうしてサンマはこんなに高くなったのか。考察してみました。
サンマ1尾(小サイズ)が200円超えの時代
2024年8月の消費者物価指数が前年同月比で2.8%と、30年11ヶ月ぶりとなる上昇率を記録しました。これは生鮮食品を入れていない数値で、それを含めると総合指数は3.0%となります。こちらは30年9ヶ月ぶりの水準だといいます。
噛み砕いて言うと、世の中、エネルギーも日用品も食料品も、なにもかもが高くなっているということです。原因はコロナ禍にロシアのウクライナ侵攻、資源高、円安など多々ありますが、生鮮食品の場合はそれだけでなく地球温暖化や自然災害なども加わります。値上げの材料は片手で足りぬほどなのに、値下げの材料は全然見当たらずといった有様で、こうなると生活者は節約するほかありません。
ところが、節約だけではどうしようもない場合もあります。「○○が食べたい」とスーパーに行っても、お目当ての「○○」自体が店頭にない、という場合です。
こういったことは生鮮食品ではありがちなこと。野菜でも果物でも季節の味や旬の味覚とされるものは、一定の時期、店頭を賑わせると静かに姿を消していきます。そして次の年にはまた並ぶ。魚の場合でも、野菜や果物ほどではないにせよ、時期によって店頭に並ぶものは変わります。その代表がサンマです。
サンマは毎年、早いと7月末頃から店頭に並び、9月頃にはかなりこなれた値段になって12月くらいまで並びます。その他、冷凍保存された解凍サンマは1年中売られています。
安いときのサンマは1尾100円程度。大漁のときはそれ以下で売られることもありました。スーパーの魚売り場には大安売りのサンマが詰まった発砲スチロールの箱が何箱も並んで、ひとりの客がトングで何尾ものサンマをビニール袋に移しかえてレジまで運ぶ。そんな光景が日本全国で当たり前に見られていました。
しかし、最近は不漁がつづいてサンマの値段は鮮魚、冷凍品とも高騰しています。今年は9月に入っても1尾100円のサンマにはなかなか出会えません。安くても1尾200円。それも小ぶりで痩せたものだったりします。以前だったら「並」扱いだった普通のサイズのサンマが「大」扱いされて、こちらは1尾358円などという値段がついたりしています。
量が減り、質が落ち、逆に値段は高くなったサンマ。このまま漁獲高が減っていったら、節約とは別の次元でサンマは日本人の食卓から消えてしまうかもしれません。
一個人ではどうしようもない話ですが、背景を知ることくらいはできます。そこでちょっと調べてみました。
サンマの不漁の原因は何なのか?
なぜサンマが獲れなくなったのか。そこには「地球温暖化などの影響で海水温が上昇したから」「海流の流れが変わったから」「中国や台湾などが乱獲しているから」「資源管理がちゃんとされていないから」など、いくつかの説と背景があります。
確かに、海水温の上昇や海流の変化は魚の生息域に大きく影響します。最近、北海道ではかつてはほとんど揚がらなかったブリが大量に獲れるようになりました。これなどは海水温や海流の変化がもたらしたものだといえます。同じことはもちろんサンマにも当てはまります。
これまで獲れていた漁場では獲れなくなった。そうなると、次の漁場が見つかるまではサンマは不漁となります。かりに次の漁場が見つかったとしても、そこが遠ければ燃料代や人件費がよけいにかかります。当然、そのコスト高は店頭に並ぶサンマの値段に反映されます。
では、外国との競争という面ではどうでしょう。実は1990年代までは北西太平洋におけるサンマの漁獲はほぼ日本が独占していました。現在はそれを日本、中国、台湾で分け合っている状態です(他に韓国やロシアなどもサンマ漁を行っている)。各国は、少なくとも建前上は無分別にサンマを獲っているわけではなく、北太平洋漁業委員会(NPFC)で定められた漁獲高の枠内での漁を行っています。
が、実態はどうかというと、NPFCで決められている枠はまったく体をなしていません。なぜかというと、現実に獲れるサンマの量に比べ、定められた枠の方がずっと大きいからです(2024年の漁獲高9.5万トンに対し、漁獲枠は33.4万トン)。
漁獲枠を定めたはいいものの、獲るべきサンマがいなければ枠組み自体の意味がなくなります。サンマ漁船にできるのは、とりあえずそこにいるサンマを精一杯獲るだけ。サンマ側からしてみたら「自分たちはこんなに数が減っているのに、それでもまだ獲るのか」という感じでしょう。
現状を見ると、確かに中国や台湾は乱獲をしているといえます。しかし、同じことは日本にも当てはまります。へんな言い方だけど、この文脈だとサンマは「不漁」だけど「乱獲」されている(あるだけ獲っている)ということになるのです。
こうして考えると、サンマの不漁と高値の最大の原因は、一にも二にもサンマの資源量自体が減少していることにあるといえます。
その資源量が日本(や他の国)の漁船が向かう漁場だけの話なのか、それともサンマという魚全体の話なのか。せめて前者であってほしいところですが、正直、本当のところはわかりません。
謎が多いサンマの生態
みなさんは生きているサンマを見たことがあるでしょうか。生きているサンマ、つまり泳いでいるサンマは、普段見慣れているサンマとは大きくイメージが異なります。
サンマといえば槍の刃のようにぴんとした細長い形が特徴。その姿から泳いでいるときも他の回遊魚のようにヒレ以外は動かさずにピンとしたまま弾丸のように動くのではと思いがちですが、実際はそうではありません。
サンマは泳ぐとき、あの長い体をくねくねさせて泳ぎます。これを見るとたいていの人は「サンマってこんな泳ぎ方するの?」と驚きます。いちおう群をなして泳ぐのですが、その群もイワシなどのような密集隊形ではなく、1匹同士、隙間の空いた大雑把な群れです。泳ぐ姿ひとつでイメージを裏切ってくれるのがサンマという魚なのです。
サンマの寿命は長くて2年程度。通常、日本の沿岸で産卵されたサンマは、稚魚、幼魚のうちに北海道や千島の沖に行き、そこで餌となる動物プランクトンをたくさん食べてから南下を始めます。北海道で獲れるサンマが大型で脂がのっているのはこのためです。そこから、サンマは少しずつ南へと下ってきます。こうした日本で獲れるサンマは「北西太平洋群」といわれています。
日本では群が沖にいる漁期のはじめ頃は刺し網漁で、そして沿岸に近づいてからは棒受け網漁という漁法でサンマを獲っています。棒受け網漁は魚体を傷つけにくく、また獲ってからすぐに水揚げされるので鮮度のいいサンマを流通させるのに向いています。
サンマは焼いてよし、刺身にしてよし、揚げてよし、と便利でおいしい魚です。とくに脂ののったサンマの炭火焼は最高です。刺身もまた「大牢滋味(たいろうのじみ)」と評される絶品です。これが以前は1尾100円程度で買えたのですから、まさに庶民の味方です。
サンマを大衆魚に戻すには
1尾100円のサンマが食卓に戻ってくる日はあるのでしょうか。残念ながら、すぐには期待できません。ときにはまぐれ当たりのような大漁で値が下がることはあるかもしれないけれど、恒常的なものではありません。
対策として考えられるのは、遠くても新しい漁場を発見することです(サンマは北太平洋全域に生息している)。ただし、これには燃料代がかかります。そうなると、一度に大量に獲れる大型船が有利となります。ただし、この場合は港から遠くなって冷凍保存が必要となるため、刺身で食べることは難しくなります(焼き魚にするぶんには味はほとんど変わらない)。そして、日本のサンマ漁の主役だった棒受け網漁を担っていた漁業者は仕事を失うことになります(棒受け網漁は大半が中小型船)。
では養殖はどうか。これも残念なことに寿命が短く飼育が難しいサンマは、少なくとも現状では養殖に適した魚とは言えません。技術的には成功例はありますが、ビジネスとして実用化するには多くの努力と投資が必要です。
できることは、当分の間、資源管理を徹底して数が回復するのを待つことくらいです。しかし、これも現状の枠組みがそうであるように、各国が本気で交渉しないことには形骸化するだけです。
一般の人間にできるのは、食べる回数を減らすことと、1尾200円でも高いと感じないだけの経済力をつけることくらいです。サンマが倍の値段になったのなら、自分の所得も倍にする。それくらいの気概があっていいかもしれません。
目を転じて海外を見てみると、アメリカの消費者物価指数は8月で8.3%上昇、EUは9.1%の上昇と、日本以上に厳しい状況にあります。そう考えると日本の値上げはまだ優しいといえます。
とにかく、サンマが安く売られているときは迷わずに買う。いまはこれしかありません。
文・中野渡淳一
文筆業者。著書に『怪しいガイドブック~トラベルライター世界あちこち沈没記』『漫画家誕生 169人の漫画道』。この他「仲野ワタリ」名義で『海の上の美容室』「猫の神さま」シリーズ等小説作品多数。『moneyscience』では生活者目線で最新トレンドの記事を中心に執筆。