「資産形成がしたい」と思っている人にとって、もっとも避けたいのがリスクです。とはいえ、自分を含む家族の病気やケガ、事故など、金銭的な出費をともなうトラブルは起きるときには起きてしまうものです。今回は高齢者となった親が交通事故を起こしてしまった場合の対処法について、実例を交えながら考えてみます。
高齢者のドライバーが増えている
日本は世界でもトップレベルの「超高齢化社会」を迎えています。それと同時に増えているのが高齢者のドライバーです。運動能力や認知機能が低下した高齢者のドライバーは操作ミスを起こしやすく、高齢者が「ブレーキとアクセルを踏み間違えた」などの理由で事故を起こしてしまったというニュースをよく耳にします。
2019年には東京都豊島区で高齢者ドライバーの過失による母娘2人の死亡を含む11人が死傷するという事故が起きました。この事故のニュースに触れて「うちの親は大丈夫だろうか」と心配になった人も少なくないと思います。
交通事故は大きく分けて、自分が「被害者になった場合」と「加害者になった場合」の2つがあります。被害者になった場合は、ケガや車両の損壊などに対処せねばなりません。「相手がちゃんと謝罪、補償してくれるかどうか。」、「不十分だった場合はどうすればいいか」など、精神的な負担も小さくはありません。ただし、被害者の場合は罪に問われることはありません。
いっぽう、加害者になった場合はどうでしょう。自分がケガをしたり、クルマが破損したりといったことだけではなく、事故の加害者としてのさまざまな「責任」が発生します。精神的な負担は被害者以上といっていいかもしれません。
交通事故を起こしてしまったらどうする?
交通事故を起こしてしまった場合、加害者はどうすべきなのでしょう。加害者自身も死亡、または救護を必要とするような大事故でない限り、加害者には事故現場においてすみやかに以下のような行動をとる責任(義務)があります。
- 被害者(負傷者)の救護
- 警察への連絡
- 保険会社への連絡
とくに負傷者の救護と警察への報告は道路交通法の72条で事故を起こした側の義務と定められています。これに反した場合は最大で10年以下の懲役、100万円以下の罰金が科せられます。
さらに事故現場で忘れてはならないのが、自分の過失を認めて相手に謝罪し、相手の被った損害に対して補償を約束することです。
その後は、警察に協力して実況見分調書を作成、示談交渉を任意保険会社に依頼します。もちろん、菓子折りなど見舞い品を携えてあらためて相手の元を訪れて謝罪することも必要です。
示談交渉が滞りなく進めば事故はひとまず解決します。悪質性のない軽微な事故であれば刑事責任を問われることもありません。交通事故は被害者、加害者ともに嫌なもの。できれば迅速かつスムーズに一件落着といきたいところです。
高齢者の交通事故でありがちなこと
事故を起こしたら、大人としてきちんと行動すること。しかし、そうはいかないことがよくあります。
よくあるのは、どちらの過失割合が大きいかで揉めるケース。これは高齢者に限らずたまに見られることです。事故を起こしてしまったときというのは冷静に対処することができず、動揺から感情的になったり、呆然としてしまうといったことがよくあります。
同じ人であっても、若い頃ならばきちんと対処できたことも、高齢者になるとなかなかできなくなる。そうなると、当事者だけでは対処できず、家族に事故の連絡が来ます。
もしも親が加害者になってしまったら:Aさんの場合
Aさん(男性)の体験を例に挙げてみます。Aさんは50代で、離れた場所に一人暮らしをしている70代後半の父親がいます。
ある日のこと、父親からAさんのもとに電話が鳴りました。何かと思って電話に出たAさんに、父親は切り出しました。
「実は昨日、事故を起こしてしまった」
聞いた瞬間、Aさんは自分が常々抱えていた不安が現実になったことを知りました。
80歳近くになっても運転を続けている父親が、いつか事故を起こすのではないかという心配は、Aさんのなかに常にあったのです。
父親は、前日の朝、日常の足として使っているスクーターを運転中、住宅街の十字路で自転車に乗っていた女性とぶつかってしまったといいます。話の内容から、どうも過失割合が大きいのは父親の方であることがわかりました。
「相手の人のケガは?」と訊くAさんに、父親は「たいしたことないみたいだ」と答えました。相手の方は仕事に向かう途中だったらしく、父親の連絡先をメモすると、ふたたび自転車に乗って去って行ったといいます。
父親のもとには、その日の午後、相手から事故の連絡を受けた最寄りの警察署の交通課から電話が入り、実況見分が行われました。やはり過失割合は父親の方が大きいということが確認され、相手のケガに対してはスクーターの自賠責保険で補償することになりました。
Aさんはここで「しまった」と思いました。スクーターはもともとAさんの名義で、購入した頃はAさんが任意のバイク保険に入っていたのですが、このときは使用者である父親まかせにしていたのです。残念ながら父親は任意保険には加入していませんでした。「気をつけていれば大丈夫だろう」という油断から、もしものときの備えを怠っていたのです。
Aさんが確かめると、父親はまだ自賠責保険の窓口にも電話をしていませんでした。「ちゃんとあやまったの?」と聞くと、言葉を濁すように短く「すみませんって言ったよ」とそれだけでした。父親は過失責任は自分の方が大きいといちおうは認めている様子でしたが、いっぽうでは十字路での出会い頭の事故であったからか、どこか納得できない様子も見せていました。
現場ではすぐに救急車や警察を呼ぶべきだったのに、それをしていない。謝罪もどこまできちんとしたのか、なんだか要領を得ない。しかも保険会社にもまだ電話1本入れていない……唯一の救いは、父親自身がケガをしていないということくらいでした。
仕事や家事で目の回るくらい忙しい毎日を送っていたAさんは、とりあえず電話を終えました。しかし、その胸は不安でいっぱいでした。
事故で相手との関係が悪化
お前には迷惑をかけない。そう言った父親でしたが、その後の事故の処理と相手への対応、電話やメールでのやりとりは、結局、Aさんがほとんどすべてを肩代わりすることとなりました。父親の応対に不信感を抱いた相手がAさんに「お父さんとでは話が前に進まない」と直接連絡を入れてきたからでした。
事故の相手のケガは父親が言うような「たいしたことない」ものではありませんでした。70代だという相手の女性は転倒した際に大きな痣ができ、むち打ち症になっていました。また、事故がトラウマとなって自転車に乗るのが怖くなってしまったといいます。
仕事も以前のようにはできなくなっていました。そして、何よりもAさんの父親に対して立腹していました。現場を見ていないAさんには確認する術がありませんでしたが、女性は事故の直後に父親からかけられた言葉にひどく傷ついたというのです。
任意保険に加入していなかったのも、その後の状況を不利なものにしました。示談交渉に臨んでくれる第三者がいなかったため、どんどん相手との関係がこじれていったのです。
Aさんは父親に「このままではたいへんなことになるよ」と警告しました。しかし、父親は事故を起こしてしまったことに対する責任感以上に「我が身の不運」を呪っているようで、自分の置かれている状況になかなか向き合おうとはしませんでした。それどころか「なんでこんな目に遭うんだ」と被害者意識すら感じているようでした。
Aさん自身もまた、日が経つにつれ、自分の行いに反省や後悔の気持ちが生まれていました。まだ現役だった頃の父親だったら、もう少しちゃんとした対応がとれていただろう。けれど、これが老いというものなのか、80歳近いいまの父親にはそうしたことはできそうにありません。
だったら「お前には迷惑をかけない」「たいしたことない」などという言葉は真に受けず、すぐに自分から行動に移すべきだったと気づいたのです。なにはともあれ、事故の連絡を受けた時点で父をともない相手のもとを訪ねて謝罪する。最低限、それだけはすべきだったのですが、後の祭りでした。
交通事故を弁護士に相談
そうこうしているうちに、Aさんのもとに相手からメールが入りました。そこには「警察にどうしますかと聞かれたので刑事罰を与えてくださいとお願いしておきました」といった内容のことが書かれていました。
ケガの補償などについては、前述したようにとりあえず自賠責保険でまかなうという話になっていました。請求などについても、相手の方が自分で行うということになっています。しかし、この先、身体的、精神的な苦痛が長引いた場合などはどうなるでしょう。
交通事故を起こすと、加害者には、刑事責任、民事責任、行政処分の3つの責任がかかります。軽微な事故であって示談で話がつけば負担も少なく済みますが、今回はそうはいきそうにありません。
このままでは裁判沙汰になるかもしれない。そう覚悟したAさんは父親をともなって、知り合いに紹介された弁護士事務所を訪ねました。そして事故のあらましを説明し、何かあった場合の今後のサポートを依頼しました。
弁護士事務所を訪ねたことで、父親の意識も変わりました。法律の専門家と話をしているうちに、やっと自分が責任をもってすべきことを再認識したのです。
交通事故の結果、刑事罰で罰金20万円
弁護士からアドバイスを受けた父親は、遅まきながら相手の女性にあらためて謝罪をしました。先方から面会は断られましたが、誠意を込めた手紙を綴り、お見舞いの品と一緒に送りました。数日経って、先方の女性とその家族からは御礼の電話と手紙をもらいました。正式な示談書などは作成できないままでしたが、父親の真摯な態度を相手の方も受け入れてくれたようでした。
数ヵ月が過ぎた頃、父親のもとに裁判所から略式命令書が届きました。父親は指定された期日に出頭し、刑事責任を負って罰金20万円を支払いました。わずかなアルバイト収入があるとはいえ年金生活者である父親にとっては大きな出費でした。
Aさんはこのときのことを振り返ってこう語っています。
「事故を知ったと同時に父親の起こしたことではなく“自分ゴト“として行動すべきでした。自分の父親だから信じたい気持ちはあるけれど、相手の立場や気持ちをもっと考えて迅速に対応すればよかったです」
事故後、Aさんはすぐに任意保険に加入し、父親に免許返納を強くすすめているといいます。父親もそんな息子に「そうするか」と頷いているそうです。
高齢の親が事故を起こしたらすべきこと
Aさんの体験は、高齢ドライバーの親を持つ人にとっては明日は我が身の話です。
もしもそれが起きてしまった場合に備えて、常日頃から以下のような心構えをしておくといいでしょう。
- 親の起こした事故は「自分ゴト」として考える
- 過失割合が大きい場合は、なによりも謝罪を優先し、相手に心からあやまる
- 一方を聞いて沙汰しない(相手の話もよく聞く)
- 任意保険には絶対に加入する
- 不安な場合は弁護士に相談する(1回きりの相談でもどうすべきか道筋が見える)
できれば起きてほしくない交通事故。保険などに加えて心の備えも十分にしておきたいですね。
文・中野渡淳一
文筆業者。著書に『怪しいガイドブック~トラベルライター世界あちこち沈没記』『漫画家誕生 169人の漫画道』。この他「仲野ワタリ」名義で『海の上の美容室』「猫の神さま」シリーズ等小説作品多数。『moneyscience』では生活者目線及び最新トレンドの記事を中心に執筆。