世の中はキャッシュレスの時代。とはいえ、財布の中に現金が1円もないという人はまだまだ少ないでしょう。ちょっとしたときに必要な現金。それを手にするにはATMに足を運ぶ必要があります。今回はATMとのつきあい方について考えてみます。
ATMとどうつきあうか?
現金を引き出したり、預け入れたり、振込をしたり、といった場面でお世話になるATM(現金自動預け払い機)。銀行ATMやコンビニATMは、全国に約20万台近くあるといわれています。このうち、ゆうちょ銀行を除く銀行のATMは約9万3000台、ゆうちょ銀行が約3万2000台。コンビニATMだと、代表格といえるセブン銀行単体で約2万6000台。これだけでも15万台に達します。
銀行ATMはキャッシュレス化の影響で台数が減っているといいますが、逆にセブン銀行のATMは増加傾向にあります。セブン銀行の場合、1日の利用者は100人以上。年間の利用件数は約9億件にのぼるといいます。これだけ見ても、ATMが日本人にとって欠かせないインフラであることが窺えます。
そんなATMとのつきあい方ですが、ここでは結論から述べたいと思います。
結論:ATMとはつきあわない。
これがいちばんです。金融機関の人たちからは怒られてしまいそうですが、この記事ではあくまでも生活者目線で話を進めたいと思います。だから言います。「ATMとはつきあわないに限る」と。
こう聞いて、「あーやっぱり」と思う人は多いでしょう。「当たり前だ」と意を強くする人もいることでしょう。なぜか? その理由を問われれば、たいていの人はこう答えるはずです。
「手数料をとられる」
「手数料が高い」
「手数料がもったいない」
ATMを使うと手数料がかかる。だからできればATMは使いたくない。そう感じる人は多いのではないでしょうか。
ATMっていつからあるの?
ATMの正式名称は「Automatic teller machine」。その前身はキャッシュディスペンサー(CD)です。両者の違いはATMが預け入れや振込ができるのに対し、キャッシュディスペンサーは払い戻ししかできない点です。機能がシンプルな分、先に登場したのはキャッシュディスペンサーで、1965年にイギリスで導入されたものが世界初といわれています。
日本でのデビューは1969年。当時は引き出し金額が決まっていて、1000円札が10枚1束となって出てくる仕組みでした。2年後の1971年には引き出し金額が自分で決められるキャッシュディスペンサーが登場。その後、少しして預け入れ機能を持つATMも登場。国内では最初に三井銀行が普及に努め、その後、各銀行が後を追う形で急速に台数が増えていきました。
普及の背景にあったのは、当時、導入を議論されていた金融機関の週休2日制でした。
土日が休みになってもお金を下ろせるようにキャッシュディスペンサーを設置しておこうと、最初に設置に踏み切った三井銀行では、なによりも顧客の利便性を優先して、24時間365日制でサービスを開始したといいます。しかし、1973年のオイルショックが原因で金融機関の週休2日制は延期となり、それにともない年中無休のサービスもなくなってしまいました(その影響は現在も続いていて、年末年始は銀行ATMが稼働停止となる)。
それでも70年代以降、キャッシュディスペンサーとATMは大幅に台数が増えていきました。後押しとなったのは、会社員の給与振込でした。昭和の昔、会社員の給与は現金の手渡しでした。企業にとって、毎月の給料やボーナスを封筒詰めするのはけっこうな負担でした。
いっぽう、高度成長期の日本では企業の資金調達が増え、銀行は多くの預金を必要としていました。そこで発案されたのが給与振込でした。企業から毎月社員に払う給与を預かることで、銀行の預金残高は上がります。銀行にとって預金を増やすのに給与振込サービスは、手間を差し引いても魅力的なビジネスでした。
そこへ妙な追い風が吹きました。未解決事件として世に名高い3億円事件です。1968年12月に発生したこの事件では、東芝(当時は東京芝浦電機)の府中工場で働く人たちのボーナスを運んでいた現金輸送車が、白バイ隊員に扮装した犯人によってとめられ、現金3億円が盗まれたのです。
「工場で働く人たちの大切なボーナスがまんまと盗まれてしまった!」
ショックを受けたのは東芝だけではありません。全国の企業が「現金での手渡しは危ない」と気がついたのです。企業はこぞって給与振込へと舵を切りました。それにともない銀行と企業、銀行同士のオンライン化が進み、現在のような他行間でもやりとりができるオンラインシステムが構築されていきました。
普及したATM、キャッシュディスペンサーは、はじめて使う人々にとってはたいへん便利なものでした。なにしろ現金を手にするのに、いちいち窓口に並んだり、書類に記入したりする手間がはぶけるのです。当時はこれだけでATM、キャッシュディスペンサー
にはメリットがありました。ありがたいと思わない人はいなかったことでしょう。金融機関にしても、窓口業務を減らしてくれるATM、キャッシュディスペンサーは業務効率化の救世主だったはずです。
ATMのメリット、デメリット
人々の生活を便利なものにしてくれたATM。しかし、それが当たり前の存在となってしまうと、利便性というそれ自体のメリットよりもデメリットの方が気になるようになってきました。それが手数料です。
ATMを使うのは平日の日中、それも口座を持っている金融機関のATMだけ、という人なら手数料は気にならないかもしれません。ただし、世の中にはそうではない人もたくさんいます。
家の近所に口座を持っている銀行がない。あるいは、そもそも金融機関がない。あっても仕事で平日の日中はなかなか行きにくい。夜間休日だけど、急に現金が必要になった。こういう場合は、手数料のかかる時間帯にATMに行くしかありません。そして110円や220円、330円の手数料を払うのです。330円あったら、いったい何が買えるでしょう? 特売で売っている1リッターのサラダ油くらい買えそうです。
もし、かりに月に3回、110円のATM手数料を支払っていたら、月に330円。これが220円だったら660円。330円だったら990円。1年にすると、それぞれ3960円、7920円、1万1万1880円。10年にするとこの10倍、20年だと20倍。もし23歳から定年退職の平均年齢の60歳までの37年間で計算すると、14万6520円、29万3040円、43万9560円。
定年後も同じことをして80歳になったら、22万5720円、45万1440円、67万7160円。
もし100歳まで生きたら最大91万4760円。これだけのお金をATMに捧げることになってしまいます。
自分のお金だというのに、下ろすたびに小銭が飛んでいく。これをデメリットと呼ばすして何と呼べばいいのか。物理的な支出のみならず、それにともなうストレスや「損した」感も無視できません。
もちろん、ATMは機械自体高価なものだし、金融機関同士の取引に費用がかかるのはわかります。金融機関側としては手数料をとらないわけにはいかないでしょう。けれど、その一方で金融機関がATM手数料でかなりの売り上げと収益を得ているのも事実。銀行にもよるけれど、金融機関にとっていまやATM手数料は収益の柱となるほどのビジネスとなっています。
ATMとのつきあいかた「君子、危うきに近寄らず」
こうなると、いちばん賢いのは、前述したとおり「ATMとつきあわない」ことです。手数料にばかりふれてきましたが、ATMには他にもデメリットがあります。
例えば、朝や夕方、昼休みの時間、駅前の銀行ATMには長蛇の列ができます。これに並ぶだけでも時間の浪費です。「現金下ろさなきゃ」と銀行に行ってみたら行列ができていて「やっぱやめた。時間がない」と踵を返した経験をした人はかなりいるのではないでしょうか。そのうえ、「でも現金が必要だから仕方がない。空いているコンビニのATMで下ろすか」と払いたくない手数料を支払ってキャッシュを工面したという経験を持つ人もいるはずです。
また、残念なことにATMは特殊詐欺などの犯罪の温床ともなっています。本稿を読むような現役世代の人たちが被害に遭うことはまずないと思われますが、ATMの利便性を悪用してお年寄りから大切なお金を巻き上げる犯罪者は後を絶ちません。
そうはいえ、さすがにATMと完全に手を切るというのは難しいでしょう。キャッシュレス社会といっても、ちょっとした小売店や露店での買物、町内会の会費、参拝先の寺社での賽銭など、生活しているとまだまだ現金が必要な場面はあるからです。
よって現実的なのは、「ATMとは最低限のつきあいに留める」という選択です。
そのためには多少の計画性が必要です。自戒をこめて言うと、筆者の場合、これまでは財布の中の現金がなくなるとATMに行くという行動パターンで生きてきました。しかし、これではいけないのです。
ATMとうまくつきあうには、以下を大原則とすべきです。
- ATM利用は月1~2度程度に抑える
- ATMは手数料が無料の平日の日中に行く
- 出費の計画を立て、現金は常に多めに持っておく
- ATMに行く日を前もって予定しておく
- 手数料無料のサービスが充実しているネットバンクに口座を持つ
- メインバンクを手数料無料の時間帯が多いゆうちょ銀行にする
- 買物は電子マネーやクレジットカードなどでキャッシュレス化を徹底する(ポイントもついて、その方が絶対お得)
不意に現金が必要なときに助けてくれるATM。だけど節約したい人にとっては敬遠したい存在でもあるATM。筆者は「君子、危うきに近寄らず」の精神でいたいと思っています。
文・中野渡淳一
文筆業者。著書に『怪しいガイドブック~トラベルライター世界あちこち沈没記』『漫画家誕生 169人の漫画道』。この他「仲野ワタリ」名義で『海の上の美容室』「猫の神さま」シリーズ等小説作品多数。『moneyscience』では生活者目線で最新トレンドの記事を中心に執筆。