ビットコインと並んで人気の高いイーサリアム。韓国発の小説『月まで行こう』はイーサリアム投資に自分の夢や人生を賭けた3人の若い女性の姿を描いた話題作です。物語と楽しむと同時にイーサリアム投資の肝が学べる本作。あらすじと見どころを紹介します。
将来性の高い暗号資産イーサリアム
イーサリアム(ETH)は2013年に19歳のロシア系カナダ人、ヴィタリック・ブテリンが発案、2015年7月よりスタートした暗号資産(仮想通貨)です。正確にはイーサリアムとはブロックチェーンのプラットフォームのことであり、暗号資産としての正式名称は「イーサ(Ether)」なのですが、市場では「イーサリアム」と呼ばれることが当たり前になっています。
ビットコインと比較すると時価総額はまだ半分に満たない35兆円程度(2024年現在)ですが、ビットコインが決済や送金などの金融系取引のみに利用されているのに対し、プラットフォームとしてのイーサリアムは用途が広く、将来的にはビットコイン以上の市場規模になるのはと期待されています。
2017年には価格が急騰。一躍注目されるようになり、ビットコインに次ぐ人気の暗号資産となりました。その後は下落もありましたが、2024年にも1ETHが50万円以上という最高値をつけ大きな話題に。2024年にはFTXグループの破産などで1ETHが16万円ほどに下落。しかし2024年は上昇に転じ、5月上旬の時点で1ETH葯25万円に持ち直しています。この先も期待できる材料が多く、「買うならいまのうち」という声が少なくありません。
暗号資産の楽しいところはこの「急騰」を体験できる確率が高いところ。逆に言うとチャートが示すようにそれと同じくらいの急落もあり得るわけですが、投資のワクワクドキドキ感やハラハラ感を味わうのに暗号資産ほど気軽に始められるものはないかもしれません。
こうしたイーサリアムの特徴をよく捉え、かつリアルに描写した作品が『月まで行こう』です。著者のチャン・リュジン氏は1986年生まれ。2018年にデビューした気鋭の韓国人作家です。
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『月まで行こう』が描く韓国社会
物語の舞台は2017年のソウル。主人公のチョン・タへは、マロン製菓といいう菓子メーーに勤める20代後半の女性です。
勤務先のマロン製菓は、業界トップまではいかないまでも、コンビニやスーパーに行けば誰もが買うことのできる製品を作っている、韓国人ならば知らない人がいない会社です。本社はソウルの中心地に建ち、京畿道郊外には大きな工場もあります。
タへは勤続5年。一人暮らしの彼女は、学生時代に借りた教育ローンを支払いながら、床に段差がなくすぐに浴室のお湯が居室に入ってくるワンルームの部屋に住んでいます。
誰もが知っている大企業であるマロン製菓。しかし、入社してわかったのは想像以上の薄給でした。昇給がかかった1年に一回の業務評価は、毎年、5段階評価中の3番目にあたるM等級(まあまあ)。昇給率は2パーセントだけれど、国内の消費者物価指数が1・9パーセントであることを考えると、実質的には据え置きの状態が続いています。
仕事は頑張っていて、チームの忘年会では「今年の残業王」部門でMV Pに選ばれたりするタへ。だというのに肝心な評価になると、なにが基準になっているのやら、いつも「まあまあ」。薄給の上に昇給の望みがないタヘは、せめて床がびしょびしょになる部屋から引っ越したいと願いながらも、毎日をつましく暮らすほかないのでした。
勤務中、タヘに気が紛れる時間があるとすれば、同期入社のカン・ウンサンとキム・チソンの2人と、3人だけのチャットルームでやりとりをしたり、実際に会っておしゃべりをするときだけです。
同期とはいっても、タへたちはいわゆる新卒入社の同期ではありません。3人のなかでは年長でタヘとチソンから「オンニ(姉さん)」と呼ばれるウンサンは転職組。タヘより1歳下のチソンは、社内では珍しい随時契約組。タヘはインターンから正社員への転換プロセスを経ての入社。それぞれ違うチームに違うルートで入ってきた3人でしたが、入社日は一緒でした。
初出社の日、会社のオリエンテーションで顔を合わせた3人はすぐに意気投合。部署が違うために互いに利害関係がなく、それでいて会社での出来事という共通の話題を共有できるオンニとチソンは、いまやタヘにとって幼い頃から付き合っている友人よりも親しく感じられる存在となっていました。
いつもと違う笑顔の秘密は「暗号資産」
業務評価の成果発表があったこの日も、タヘたち三人はランチをともにし、会社の人がうじゃうじゃいる近所の『スターバックス』を避けて、心おきなく会社の悪口が言える『コーヒービーン』に集まります。
いつもはそれぞれが好きなものを注文して、それぞれが自分の代金を支払い女子3人組。けれど、この日は違いました。
タヘとチソンを前に、どうしてかウンサンオンニが「コーヒーをおごる」と言い出したのです。「なんで突然?」と驚く二人に、オンニは「なんとなく!」とハイトーンボイスで答えます。そればかりか「ケーキも食べようか」と気前のいいことを言い出します。
なんかへんだ。ウンサンオンニのいつもと違ううきうきした声と顔に、タヘは「業務評価の結果が良かったのでは?」と勘ぐります。チソンはというと、「そんなんじゃなく、まちがいなく……男でしょ」と、彼氏ができたのではないかと口にします。ところがオンニは「もうあんたたちったら! そんなんじゃないんだから」とケラケラ笑い飛ばします。
業務評価でも恋人でもなければ、オンニはいったい何を隠しているのか。尋ねるタヘに、オンニは余裕に満ちた笑みでこう答えます。
「なんかのか教えたら、あんたたちも一緒にやる?」
意外な返答に顔を見合わせるタヘとチソンに、オンニは続けます。
「ビットコインって知ってる?」
予想した答とはまったく違う質感の単語に、タヘは言葉が出ません。かろうじて「サイバーマネーみたいなものでしょ?」と尋ねるチソンに、オンニは説明を始める。
ビットコインとは暗号資産の一種であり、暗号資産を理解するには、まずブロックチェーンの概念を知るべきだ。ブロックチェーンシステムに直接参加することをマイニングという。マイニングの見返りに支払われるのがコインで、ビットコインはその代表的なもののひとつである……云々かんぬん。
最後のコインの部分はなんとなく理解できたものの、全体的にはわかるようでよくわからない。まだ続きそうなオンニの解説を遮ったタヘは「で?」と結論を急ぐぎます。
「ビットコインをやろうってこと?」と訊くタヘに、オンニは「あのさ、タヘ」とテーブルに身を乗り出します。
「私がそんなありふれたこと、言うと思う?」
急騰したイーサリアムでローンを全額返済した友人
タヘとチソンの二人にオンニが「やろう」と誘ったものは「イーサリアム」でした。
イーサリアムは2年前にリリースされた「第2世代」のブロックチェーンで、ビットコインと同じく金融取引を行うだけでなく、あらゆる種類の取引や契約に対する信用をブロックチェーン方式で保障するシステム用のコインだ。世の中のあらゆることが契約で成り立っているのだから、これからはビットコインよりも広い範囲で使える、安全で画期的な技術のイーサリアムの時代がやってくるはずだ。
説明されてもタヘにはぴんときませ。イーサリアムなんて聞いたこともないし、そもそもットコインだってなんだかわかっていない。「仮想なんとか」の何を信じて買えというのか……。そういう顔をしている2人に、オンニはたたみかけます。
「だから、いま買わなきゃダメなんだってば、おバカさん」
韓国ではまだイーサリアムについて知っている人は少ない。足首までしか来ていないさざ波のときに買って、肩までくるような大波になったときに売る。いまこそ買いどきだ。オンニはそう力説します。
最初は訝っていたタヘですが、オンニの見せてくれたグラフではイーサリアムは高騰を示すJカーブを描いていました。
オンニがイーサリアムを買い始めたとき、1ETHは7,252ウォン。それが現在では9万2,350ウォン。オンニは1ETH9,000ウォンの頃に積立預金を解約してその大部分をイーサリアムにあて、!ETH1万ウォンになったときには残った預金のすべても投入していました。その後も給料から毎月投資を続け、この日の時点で暗号資産の総額は1億3,600万ウォンまで増えていました。
わずか数ヶ月の急上昇ぶりにタヘは思わず「やばっ」と叫んしまいます。
「タヘ、そうなの。これ、いま……とんでもないことになってるんだ」
勤務中も急上昇が続いていて仕事は手に付かないというオンニは「タヘ、よく見て」とタヘの目の前でiPadを操作し、「私、これから借金を返すんだ」と、自分を長年苦しめてきたローンを全額返済してみせます。
「入っておいでよ。これ以上後れを取る前に」
信じられないほど美しい上昇曲線を描くグラフに、タヘは自分もイーサリアムを始めようと決断するのでした。
2017年の1月から始まる物語は、2018年の8月までつづきます。現実の世界では、この間にイーサリアムは仮想通貨バブルに乗って急騰しました(そのあとは下落)。仮想通貨投資に乗り出したタヘたち3人を待ち受けるのはどんな未来でしょう。
このあとはぜひ続きを読んでみてください。
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文・中野渡淳一
文筆業者。著書に『怪しいガイドブック~トラベルライター世界あちこち沈没記』『漫画家誕生 169人の漫画道』。この他「仲野ワタリ」名義で『海の上の美容室』「猫の神さま」シリーズ、『最強戦国武将伝 徳川家康』等小説作品多数。『moneyscience』では生活者目線で最新トレンドの記事を中心に執筆。