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中古物件を買ってリフォームしてみた 契約編その③

買うか買わないか。揺れに揺れて、やはり買うと決めた戸建て中古物件。迷った理由は「資金繰り」。コロナ禍でフリーランスにとっては先が見えないなか、それでも何とかなるだろうと購入を決定した夫婦。迎えた売買契約の日、思わぬ追い風が吹きました。

売値は100万円の値引きで1880万円に

親子3人で売主さんが退去して空になった物件を見た翌日の夜、販売会社担当者のIさんから「売主さんに訊いてみたら、あと20万円値引きしてくださるそうです」という電話がかかってきました。

最初に80万円ディスカウントしてくれていたのと合わせると、これで100万円の値引きです。1,980万円が1,880万円なりました。妻を介してそれを聞いた筆者は、思わずどこにいるかわからない売主さんに向かって「ありがとうございます」と手を合わせました。逆にここまで来るとさすがに買わないというわけにはいかないな、と気持ちも引き締まりました。

Iさんには、ついでに気になっていたリビングの窓ガラスについてもリフォーム費用の見積もりに加えてもらうようお願いしました。小さいとはいえ、やはりヒビが気になったのです。

売主さんとの売買契約は8日後、販売会社で、と決まりました。あいにくその日は外での仕事がありました。売主さんに一言御礼を申し上げたかったのですが、それは妻に任せることとしました。

プロパンガスと都市ガス、どっちが得か

その夜、窓ガラスと並んで気になっていたことを調べてみました。都市ガスとプロパンガスの比較です。

ネットで両者の料金がどれだけ差があるか調べてみると、平均して1.6倍から1.7倍、プロパンガスの方が高いということがわかりました。ただし、筆者の実感としては都市ガスの家に住んでいた頃と現在の家のプロパンガスの料金を比べると、2倍から2倍半くらいは料金差があるような気がしていました。

仮にプロパンガスを都市ガスに変えるといくらかかるのか。給湯器の交換は別として、単純に変更費用を調べてみると約35万円という答に行き着きました。見積もりをとったわけでなくネットの情報ですからどこまで本当かはわかりませんが、まあ、それくらいはかかるでしょう。

次に1.6倍や1.7倍でガス料金の差額を計算して、それを35万で割ってみました。計算していくと、プロパンガスから都市ガスに交換しても、6年3ヶ月から6年10ヶ月で元が取れることがわかりました。

妻が言うように娘が大学を卒業する20年後まで住んだとしても、ここは絶対に都市ガスにした方がお得です。しかも計算は控えめにしたものだから、実際は4、5年で元が取れるかもしれません。

決定です。これもリフォーム費用の見積もりに加えてもらうこととしました。

中古物件の売買契約が成立

その日、筆者が都内であったインタビュー取材を終えて家に帰ると、売買契約を済ませた妻が待っていました(余談ながら、この年=2020年、リアルの場での対面取材はこのあと9ヶ月間、12月までありませんでした)。

「どう、契約は無事済んだ?」

尋ねる筆者に、妻は「やばいよ」と答えました。

「やばいって、なにがやばいの?」

まさか契約が不首尾に終わったとか? でも違うみたいです。

「契約は普通に済んだよ。手付金の50万円も払った。それはいいんだけど、売主さんに、あの家、冬は寒いですかって聞いたら、ほとんど住んだことがないからわからないって言うんだよ」
「誰かに貸していたってこと?」

尋ね返しながら、それはないだろう、と思いました。もし人に借りている家だったら、あんなにも内部が汚れているはずがありません。
「ううん。売主さんは売主さんで別の場所で小さい子がいて子育てしているんだって」「あ、なるほど」
どうやら妻は売主さんの家庭事情についていろいろ聞いてきたようです。

「で、なにがやばいの?」
「だってやばいじゃない。あの家、ひょっとしたら呪われた家かもよ」
そう言いながらも、妻は笑っています。
「それはたまたまの話だろう。売主さんたちの家庭にいろいろあったおかげでうちは安く買うことができたんだから、感謝しなきゃ」
「まあ、そうだよね」

「売主さんはいい人だったの?」
「いい人だよ。すごくソフトで見かけも若いし」
先日、内見に対応してくれた前妻の奥様もいい人でした。いい人同士であっても、うまくいかないことはあるのです。聞けば奥様は西日本に行かれたとか。きっとお子さんが成長するのを待って引っ越されたのでしょう。売却を急いでいた理由がなんとなくわかりました。

ともあれ、売買契約は無事終了。手続きは一度では済まないらしく、売主さんとはもう一回、引き渡し前にやはりお会いする予定だといいます。そのときは筆者もご挨拶したいものです。

不安だった資金繰りに吹いた神風

家を買ってしまった。名義は妻ですが払うのは自分です。

毎月のローンは今現在の借家よりも安いのだから、払ってはいけるでしょう。けれど何十年もちゃんと払っていけるのか。何十年どころか、1年先の財政状況も読めないのがフリーランスというものです。

妻との話を終え、2階の仕事部屋に行くのに階段を上りながら「大丈夫なのか俺……」と独りごちていたときでした。

今日あった仕事についての連絡でも届いてやしないかとスマホを開いてみると、日頃お世話になっている編集者のJさんから小説の仕事の件でメールが届いていました。
てっきり、夏に出す書き下ろし小説の話かと思ってメールの文面をなぞった筆者は「ん?」と階段を上る足をとめました。そしてメールを閉じて、Jさんに電話をかけました。

「いま読みました。本当ですか?」
興奮している筆者に、Jさんは「本当です!」とやはり興奮気味に答えました。

約10分後、Jさんから話の詳細を聞いた筆者は、電話を終えると1階の寝室で娘を寝かしつけていた妻のもとに行きました。
「風が吹いてきたぞ!」
それこそ突風のようにいきなり部屋に飛び込んできた夫に妻は「どうしたの?」と戸惑っています。
「3冊出る!」
筆者は言いました。叫んでいたかもしれません。
「小説だよ。出版社の社長さんが3冊連続で刊行しろと言ってくれた」
ある出版社に、前の年から出していたシリーズ物の小説の企画でした。Jさん経由で会議にのせてもらっていたその企画が、いまになって通ったのです。

「それ、いま書いているやつ?」
「違う。いま書いているのとは別の版元さんだよ」
「すごいじゃない。いつ出るの?」
「秋くらいからじゃないかな。悪いけど、忙しくなるぞ」

この会社の社長さんは出版業界でも伝説的なカリスマ社長さんです。そして、小説の書き手としての筆者はいまだヒット作のない「売れない作家」です。こんな無名でヘボ作家の作品だというのに3冊も出してくれるというのですから、いったいぜんたい、どう感謝したらいいものか。感謝もなにも頑張って書くほかありません。

取材案件が減っていきそうな悪い予感満々のこのときに、よもやよもやの吉報。「捨てる神あれば拾う神あり」とはまさにこれです。

売買契約成立の日に吹いた神風。これで35年とは言わないまでも1年くらいはローンで困ることはなさそうです。

娘を寝かしつけた夫婦は、冷蔵庫からお酒を出して乾杯したのでした。

(リフォーム編その①へつづく)

文・中野渡淳一

文筆業者。著書に『怪しいガイドブック~トラベルライター世界あちこち沈没記』『漫画家誕生 169人の漫画道』。この他「仲野ワタリ」名義で『海の上の美容室』「猫の神さま」シリーズ等小説作品多数。『moneyscience』では生活者目線及び最新トレンドの記事を中心に執筆。