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1日100円の貯金をしよう!『三千円の使いかた』に学ぶ節約術

テレビドラマ化された話題の小説『三千円の使い方』(原田ひ香著)をご存知ですか。「人は三千円の使い方で人生が決まるよ」という意味深な言葉から始まるこの物語には、20代から70代まで、3世代の「節約術」が描かれています。「あるある話」満載の小説でお金とのつきあい方について考えてみませんか。

68万部突破の人気小説『三千円の使いかた』とは

『三千円の使いかた』は2018年4月に単行本が刊行された原田ひ香さんの小説です。2024年8月には文庫化され、現在、版を重ね、68万部(2024年10月現在)が発行されている人気作品です。

著者の原田ひ香さんは神奈川県生まれ。2006年に『リトルプリンセス二号』で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞を受賞。翌年、『はじまらないティータイム』で第31回すばる文学賞を受賞し、小説家としてデビューしました。これまで『ランチ酒』、『ギリギリ』、『彼女の家計簿』、『東京ロンダリング』、『ミチルさん、今日も上機嫌』、『まずはこれ食べて』、『一橋桐子(76)の犯罪日記』、『母親からの小包はなぜこんなにダサいのか』、『口福のレシピ』、『古本食堂』、『三人屋』など多くの作品で読者を魅了してきました。

作風は作品によって多少変わりますが、ハートフルで読後感の良いものが多く、人気の理由のひとつとなっています。

主人公や登場人物の多くは、どこにでもいそうな普通の女性。人間の日常というのは、たとえ大きな事件はなくても、そう見なせば戦いといえるような出来事の連続です。著者の描く、毎日を懸命に生きている等身大の女性たちの姿は読者のそれと重なります。

本作『三千円の使いかた』も、そうした読者の共感を呼ぶ一品です。登場するのは、24歳で独身の御厨美帆と、その姉で29歳の井戸真帆、美帆と真帆の母である55歳の智子、智子の義母で美帆と真帆の祖母である73歳の琴子という、孫、子、祖母の3世代からなる女性たちです。

連作スタイルの物語は、章ごとに彼女たち一人ひとりにスポットを当て、そのお金とのつきあいかたや人生観を描いていきます。

血を分けた家族でも、性格が違えば考え方も違う、歳も違う、立っているライフステージも違う。そして持っている貯金の額も違います。読んでいれば、4人のうちの誰かに共感できるはずです。

「読めばお金がたまる」と評判になっている本作。2024年1月7日からは東海テレビ・フジテレビ系全国ネットでテレビドラマも放映されました。映像で観る前に原作を読まれてみてはいかがでしょうか。

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三千円あったら何に使うか

物語は美帆の中学時代の記憶から始まります(※以下、ネタバレを含みます)

その日、美帆は近所にある祖母・琴子の家に遊びに来ていて、部屋の隅で本を読んでいました。すると食卓でお茶を飲んでいた祖母が不意に言ったのです。

人は三千円の使い方で人生が決まるよ、と。

いきなり言われた美帆からすれば、「え?」「三千円?」「何言っているの?」です。「人生が決まるってどういう意味?」と訊き返す孫に、琴子は答えます。

「言葉どおりの意味だよ。三千円くらいの少額のお金で買うもの、選ぶもの、三千円ですることが結局、人生を形作っていく、ということ」

そう言われても、まだ中学生の美帆にはおばあちゃんの言葉の意味はよくわかりません。そんな美帆に琴子は、自分があげた今年のお年玉は何に使ったか尋ねます。

琴子が美帆と真帆にくれるお年玉は毎年三千円。それで、美帆はいま読んでいた本を買い、残りは友達と『マクドナルド』に行って使い果たしました。五歳年上の姉の真帆はというと、高校の修学旅行に持って行くつもりで、デパートでエナメルでできたピンク色の財布を買っていました。

「美帆はマックと本、真帆はピンクの財布、二人の性格がよく出ているじゃないか」

琴子にそう言われても、美帆にはぴんときません。首を傾げる孫娘に、琴子は「今にわかるよ」と言うのです。

冒頭の琴子の言葉を受けて、読者はそのあとに展開していく物語を読み進めながらも、自分に対して問いかけをすることになります。

「三千円あったら、自分なら何に使うか」

3,000円は、けっして大きなお金ではありませんが、買おうと思えばいろいろなものが買えます。美帆のように本やファーストフードで使うのもいいし、お財布を買うのもいい。『GU』や『ユニクロ』、『しまむら』などで服だって買えます。映画だって観られるし、ジャンボ宝くじだって10枚買えます。使い道はいろいろだし、例えばこのあとの展開で、雑貨屋でティーポットを買おうとする美帆が思い返すように、同じティーポットでも人によって選ぶものはそれぞれです。

美帆の場合は、惹かれるのはガラスでできたシンプルなポット。姉の真帆は節約カリスマ主婦のインスタグラムで見て一目惚れしたというお湯も沸かせるコーヒー用の琺瑯のポット。バブル期に青春を送った実家の母・智子は、誕生日に友達からもらった北欧のブランドのティーポットを使い、祖母の琴子は青と白の磁器のロイヤルコペンハーゲンを長年愛用しています。

なるほど、確かに、お金の使い方は人を表すのかもしれないい。

中学生だったあの頃から10年が経って、やっと美帆は琴子の言葉の意味が少しわかるようになったのです。

見習いたい8×12の法則

若い美帆の目標は、大学を卒業して就職し、一人暮らしをすることでした。現在の彼女は中堅のIT関連企業に勤務し、前々から憧れていた「東京の南側」である祐天寺に家賃9万8,000円の築浅1Kのマンションを借りて暮らしています。

夢を実現し、今の生活に満足している美帆。しかし、ある日、美帆はお世話になった先輩がリストラされたことに、会社がけっして安住の地ではないということを悟ります。

自分はこの先どう生きていけばいいのか。考え始めた彼女は、街角で活動紹介をしているボランティアグループのブースで、かわいい保護犬たちと会ってしまいます。保護犬を引き取って暮らすには、いくらお金がかかるのか。自分の貯金は三十万円ほど。ペット可物件をさがし始めた美帆は、いまの自分には購入能力がまったく足りないことを思い知ります。そしてこのときから美帆は「節約」に目覚めるのでした。

美帆が相談したのは姉の真帆でした。真帆は一女の母で、貯金額一千万円を目標に頑張っている倹約家です。結婚六年目で夫の収入は年に三百万ほど。それでも彼女はすでに六百万円を貯めていました。美帆は固定費削減などの自分の節約術を打ち明けてくれた真帆に、「じゃあ、まず、一日百円貯めてみよう」と言われます。一ヶ月貯めたら三千円。それで投資信託を始めたらいいと真帆は勧めてくるのでした。

次に美帆が向かったのは、参加費三千円の節約セミナーでした。講師はテレビなどにも出演している節約アドバイザーでファイナンシャルプランナーの黑船スーコさん。彼女の『8×12は魔法の数字』という新刊が出たその記念のセミナーをたまたまスマホで見つけた美帆は、「二、三十代の男女、特にサラリーマンやこれから働く大学生たちに捧げたい」という副題につられて参加を決めたのでした。

セミナー会場に颯爽と現れた黑船スーコさんは、ちょっと小太りの、美帆の母親くらいのおばちゃんでした。黒船さんは挨拶もそこそこに、ホワイトボードに「8×12」と大きく書きます。

「今日はこれだけ。これだけ覚えて。あなたの脳裏に刻みつけて欲しいの。さあ、八×十二はいくつですか?」

 黒船さんの問いかけに「九十六!」という声が会場から上がります。

「はい。ご名答。毎月八万ずつ、それにボーナス時に二万ずつ貯めます。そうすると、あら不思議。一年に百万円が貯まっちゃうの! そして、一年に百万ずつ貯められれば、三十代のあなたは六十歳の定年までに三千万、二十代のあなたなら四千万貯まります。さらにそれを三%複利で運用できれば税抜きで約四千九百万と約七千七百四十万になります。もう老後は心配なし!」

 毎月八万貯めるにはどうしたらいいか。鍵となるのは「固定費削減」などの節約です。有名なファイナンシャルプランナーも姉も言うことは一緒でした。「お姉ちゃん、やるじゃん」と感心した美帆は、黒船先生の言葉をせっせとノートに書きとめるのでした。

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「あるある話」の連続に共感

本作の魅力は、誰が読んでも共感できるその内容です。美帆から見るとずいぶん先を走っているように見える真帆ですが、彼女には彼女の苦労や葛藤があります。

実家で父と暮らしている智子も、病気の不安や夫との関係性、そしてわずか百万円しかない貯金額に対する心細さなど、悩みや不安の種は尽きません。琴子には一千万の貯金がありますが、だからといってもちろん不安がないわけではありません。

悩みや不安はお金のことばかりだけではない。仕事に生活、家族や友人、恋人との関係、自分の年齢など、向き合わなければならないものはたくさんあります。彼女たちが漏らす本音は、読んでいて「うんうん」と頷くものばかりです。ときにはそれに笑ったり、身につまされたり。当たり前のことばかりなのに、つい夢中になって読んでしまうのは作者の筆力によるものでしょう。

六話からなる物語の終盤、美帆にピンチが訪れます。もちろん、お金にまつわるピンチです。そのピンチに家族が集まります。いったいどうなるのだろうと読み手も気持ちが入るどん詰まりの展開に、著者は鮮やかに答えてくれます。感動のクライマックスをこの目で読みたい人は、ぜひ本書を手にとってみてください。

お金に関する本というとハウツー本や体験記が多いなか、物語の力でお金とのつきあい方=生き方を教えてくれる本作。普段は小説は読まないという方にもおすすめの一冊です。

三千円の使いかた (中公文庫)

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文・中野渡淳一

文筆業者。著書に『怪しいガイドブック~トラベルライター世界あちこち沈没記』『漫画家誕生 169人の漫画道』。この他「仲野ワタリ」名義で『海の上の美容室』「猫の神さま」シリーズ等小説作品多数。『moneyscience』では生活者目線で最新トレンドの記事を中心に執筆。