日本には都道府県議会議員や市区町村議会議員など、合わせて3万人以上の地方議員がいます。議員の大半はもともと政治の世界にはいなかった「転職組」です。地方議員の仕事とは何か。気になる年収はいくらなのでしょうか?
市議会議員の年収は最大2,000万円以上?
転職が当たり前の現在、とくに予定はなくても常に頭の片隅でそれを意識している人や、エージェントからなにかと誘いがくるといった人は多いかと思います。
転職といえば、普通は会社から別の会社へ移るものですが、そればかりではありません。これまでのビジネスで得た経験を活かしたり、夢や志を現実のものとすべく独立や起業といった道を選ぶのもまたひとつの道です。どの道を選ぶのかは自分次第です。
この記事では、転職先のひとつとして地方議員というものについて考えてみたいと思います。
議員というと、地方の有力者や政治家一家が世襲制で代々なるものといったイメージがあります。事実、そうした地方議員は少なからず存在します。
とはいっても、全国に約3万人いる地方議員にはさまざまな人がいます。もともと政治に興味があって国会議員の秘書などをしていた人、地域を支えている民間企業の経営者、NPO法人などの職員、公務員、司法書士や行政書士などの法律家、主婦、そして民間企業で働いていた元ビジネスマン。とくに地方自治や地方政治に詳しくなくても、誰でも立候補して選挙に当選すればなれるのが地方議員です(この点は国会議員も同じ)。
地方議員になるのに特別な資格は何も必要ありません。学歴も職歴もいっさい関係ありません。必要なのは「被選挙権(選挙をされる権利)」だけです。
日本の市区町村では「満25歳以上の日本国民であること」と「連続して3ヶ月以上、立候補する市区町村に居住していること」、この2つの要件を満たしていて、法務局に定められた供託金(市議会議員の場合、政令指定都市で50万円、その他は30万円)を納めることさえ可能ならばどんな人でも選挙に立候補することができます(※法律違反で禁固刑を受けている人などは刑期終了を待たねば立候補できない。違反や犯罪の種類によっては執行猶予中であっても立候補は不可)。
選挙に当選して、はれて議員となったあかつきには、給料にあたる報酬がもらえます。
報酬には月額のもののほかに期末手当(ボーナス)もあります。報酬とは別に政務活動費も支給されます。
はたして、地方議員になったら年収はいくらになるのでしょう。報酬や期末手当、政務活動費は自治体によって違いがあるため一概には言えませんが、ここでは市区町村として国内でもっとも人口の多く、議員報酬も高いという横浜市を例に挙げてみます。
横浜市議会の収入は「横浜市市議会議員の議員報酬、費用弁償及び期末手当に関する条例」によって以下のように定められています。
議長 月額 1,179,000円
副議長 月額 1,061,000円
委員長 月額 983,000円
副委員長 月額 973,000円
議員 月額 953,000円
つまり、一般の議員であれば月額の議員報酬だけで95万3,000円が支給されるというわけです。これを1年で換算すると1,143万6,000円。なんと月額報酬だけで年収1000万円を突破です。
では、ボーナスに該当する期末手当はいくらなのでしょうか。
令和4年12月に議員に支給された期末手当は257万3,100円となっています。
横浜市の期末手当は年2回だから単純計算で1年に514万6,000円のボーナスが支給されることになります。これが議長や副議長となるとさらに増額され、議長の場合は年間636万6,600円、副議長は572万9,400円となります。
ただの議員でも、月額報酬とボーナスを合わせると、その年収は1,658万2,000円。
かりに26歳で当選したら、次に選挙を迎えるまでの4年間、30歳までに6,632万8,000円を稼ぎ出すことになります。給料のいい大手企業の若手社員であっても、これはなかなか難しいはずです。
しかも、議員には第二の財布と呼ばれる政務活動費が交付されます。
この額は議員1人あたり月額55万円。年間だと660万円。議員報酬の年収と足すとその額は2,000万円を突破して2,318万2,000円に達します。
丸4年、任期を務めたとして9,272万8,000円。
しかも、議員は任期中は法的には公務員ですが兼業が可能です。拘束時間も短く、年間平均87日間の議会会期中を除けば、どこでなにをしていても自由です。その気になれば、こうした時間を利用して議員報酬以上の収入を得ることもできるのです。
1年に2,318万2,000円も収入があって、年間に300日以上も自由がある市議会議員。ここまで聞いて、「ちょっとおいしすぎやしないか?」と感じた人もいることでしょう。「僕も、私もなりたい」「いますぐ横浜市に引っ越して立候補したい」という人がいても不思議はありません。
現実は甘くない? 経費のかかる議員の仕事
金額や拘束日数だけ見ると、羨ましくなる市議会議員。
しかし、ここで述べたのはうわべの数字に過ぎません。地方議員は法的には公務員ですが、経済的には個人事業主のようなものです。所得税や住民税などの税金、国民年金(共済年金)、国民健康保険などはすべてこの報酬の中から支払わねばなりません。これらをすべて差し引くと、手取りは月額報酬の3分の2程度に減ってしまうはずです。
政務活動費にしても、条例で定められた調査研究費、研修費、広報費、広聴費、要請・陳情活動費、会議費、資料作成費、資料購入費、人件費、事務所費用、事務費などに当てていくと、あっという間になくなってしまいます。
事務所を借りていたり、秘書などスタッフを雇用している場合は政務活動費だけでは足りずに月額報酬や期末手当の一部をそちらにまわすことになりかねません。
しかも、議員というのはさまざまな行事や会合に呼ばれます。そうなると参加費が要るし、交通費もかかります。議員として真面目に活動すると、それだけよけいにお金が飛んでいくようにできているのです。
お金がかかるのはこれだけではありません。
専業の議員であれば、この報酬の中から生活費も捻出せねばなりません。子供がいれば教育費も工面する必要があります。あれこれ引いていくと、2,000万以上の収入が実質的には手取りで300~400万円になっていた、などという事態に陥りかねないのです。
「だったら他に仕事をすればいいじゃない」と言う人もいるかもしれませんんが、議員の仕事はそんなに甘くはありません。議会が開かれていない間、議員はさまざまな活動を行っていて、勉強にも時間を割いています。真剣に議員をやっている人ほど時間が足りないと感じているはずです。
これを全国で見てみるとどうなるでしょう。例に挙げた横浜市は市区町村の中では全国でもっとも議員報酬の金額が高い自治体です(都道府県議会では愛知県の月額報酬97万7,000円がトップ)。
この他、政令指定都市の多くは横浜市に準じた報酬額となっていっます。他の市区町村の議員報酬はこれよりずっと低く、全国市議会議長会のまとめによると市議会議員の平均月額報酬は41万8,000円となっています。
横浜市はじめ政令指定都市は人口が多いぶん議員の仕事も激務で出費も多いので単純な比較は難しいのですが、政令指定都市以外の地方議員は横浜市の議員の半分以下の収入で政務活動を行わなければならないのです。人によっては手取りが10万円以下、そればかりか赤字になってしまうこともあり得るかもしれません。よく地方で「議員のなり手がいない」という声が聞こえますが、この収支を見ていると無理からぬことかと思われます。
資金不足を補う方法
当選して、せっかく議員になったのに、真面目に働けば働くほど出費がかさんで生活が苦しくなる。これでは、いかに地域や住民に尽くす存在である議員とはいえ本末転倒です。こうした事態を避けるにはどうすればいいでしょう。
いちばんいいのは、議員になる前に潤沢な資金を整えておくことです。しかし、これは普通の人がやろうとしてもなかなかできることではありません。地方の議員に地主など資産家が多いのはこのためかもしれません。
それでも、できればどこかでいざというときの保険になる不労所得は確保しておきたいものです。株式投資や賃貸アパート、駐車場の経営といったほとんど労力を必要としない収入で生活費をまかなうことが理想です。
もうひとつ推奨したいのは、人件費や事務所経費など、出費のなかでもとくに占める割合が大きい固定費のカットです。
事務所は、とくに議員1期目などの場合は新たに借りるのは避けた方が賢明です。手狭であっても自宅を事務所にすればいいのです。秘書なども雇わず、自分ですべてを取り仕切ることです。大変なのは百も承知。これも勉強だと思えばできるはずです。浮いた分のお金は議員としての自分を磨くために使うといいでしょう。
そもそも議員の仕事って何?
小学校の社会科見学で訪ねた自分の住む町の議会や国会議事堂。議会というのはどこに行っても立派で厳かな空気が漂っています。が、こと地方議会というと、テレビでよく映されるのは、居眠りしていてまるで話を聞いていない議員の姿や、パワハラや失言など、いわゆる「やらかしてしまった」議員の弁明や開き直った様だったりします。そんなこともあって、地方議会に対していいイメージを持っていない人は少なくないでしょう。
けれど、ああした映像は議会の一部を切り取ったものであって、通常、地方議会や委員会では自分たちの町をよりよくしようと熱い議論が繰り広げられています。
ならば、そもそも議会とは何なのでしょう。例に出した横浜市では市議会のことを「横浜市としての意思を決めるところ」と定義しています。
議会の仕事は「市役所の仕事がうまく進んでいるかチェックをしたり、市民の願いを取り入れて反映させたり」すること。それを構成するのは市民の代表である市議会議員です。
議員の定数は多くの自治体では50人以下ですが、横浜市の場合は人口規模もあって18の区から約80人の議員が選ばれています。同じように選挙で選ばれるものに市長というものがあります。市長はたった1人しかいない市のリーダーですが、だからといっていちばん偉いというわけではなく、議会とはそれぞれ独立・対等の立場であるとされています。こうした仕組は二元代表制といわれます。
「市の意思を決める議会」では、どんなことを議論しているのか。そこで俎上に上がる代表的なものが予算です。
市区町村には税収のほかに国や県から入ってくるお金があります。自治体はこうしたお金を予算にして住民へのサービスに当てています。その予算を何にいくら使うのか、議会ではそれについて議論し、それぞれの予算を決めています。
予算と同じくらい大事なものがその自治体独自のルールである条例です。自分たちの住む町をより住みやすい町にするために議会ではさまざまな条例について話しあっています。
議会を構成する議員は、市民の代表として議会に参加し、自治体の事業やそれに必要な予算について話しあいます。
例えば、町のなかに子供が遊べる公園がなくて困っている地域があったとします。その地域の町内会役員や住民から「公園をつくってほしい」という要望が市役所に寄せられました。市役所でもそれについて検討を始め、パプリックコメントなどで広く市民から意見を集めながらどんな公園をつくればいいのか計画を立案し、予算案を組みます。これを最終的に事業として成立させるか否決するかのジャッジは議会に委ねられます。そのために議員もまた地域の人々から話を聞くなどして、この事業について理解を深める必要があります。
このように議会が開かれていないときでも、議員は地域住民や事業の担当者や有識者などから話を聞いたり、現場を視察したり、自分でも資料を読んだりと、常に議会のテーマとなることについて学ぶ必要があります。でないと、いざ多数決をとるときなどに自分の考えで行動できず、ただ所蔵する会派のリーダーの意見に従うだけになったり、間違った判断をしたりといったことが起きてしまいます。
他にも議員には有権者や地域の人々に対して、自分の方から議会の活動を報告、発信するといった活動をとらねばなりません。選挙が近いときは、投票日に備えてポスターを作ったり、DMを配布したりといった選挙対策もしなければなりません。
地方議員になるには?
地方議員になるには、言うまでもなく選挙に立候補して当選しなければなりません。
よく選挙には「地盤(組織)」「看板(知名度)」「鞄(資金力)」の3つの「ばん」がないと勝てないと言われています。確かに、この3つの「ばん」を持っている人は強いといえます。
しかし、議員のなかには必ずしもその条件を満たしているとはいえない人もたくさんいます。
一般的に、地方自治体の選挙に立候補しようとしたら、供託金を含めて最低200~300万円は資金が必要だといわれています。選挙事務所を構えたり、選挙カーをレンタルしたり、ポスターを作ったりしていると、それくらいの金額にはあっという間に達してしまいます。当選している議員の中には、その何倍もの資金を注ぎ込んでいる人もいます。
ただし、なかにはそこまでお金をかけない、出しても100万円程度という人もいます。そして、地方議員にはそういう人も当選しているのです。インターネットでの選挙運動が可能な現在、それほど資金がなくても選挙戦は戦えるのかもしれません。
地方議員は自治体によっては立候補者が少なく、国会議員に比べると当選の可能性が高いといわれています。全国平均では議員定数に対して立候補者数は約1.2倍。立候補した人の約8割が当選する計算です。もっとも、人気のある都市部の議会は立候補者も多く激戦となる可能性が高いといえます。
地方議員は60代以上の高齢者が多いことでも知られています。これに対し、20代、30代は全体の5パーセント程度しかいません。男女比は男性が85パーセントを占めています。そういうところへ若い世代や女性の候補者が立候補すれば、有権者の目を引くことは間違いありません。また高齢の議員が多いということは、定年退職後に一念発起して立候補しても通用するということになります。
その他、選挙で当選するには政策や信条が自分に近い政党の公認や支持を受けたり、マーケティング的発想で選挙戦を戦ったりといった方法が求められます。
いちばん大事なのは、自分の暮らす町への「思い」です。この思いが強ければ、議員になって自分が何をやりたいのかが見えてきます。もっと言うなら、思いがあるからこそ、それを実現する手段として議員に立候補する、といった流れの方がより当選が近づくかもしれません。さらに政策立案能力や実行力、コミュニケーション力などがあれば当選後も十分に活躍が期待できます。
地方議員の仕事の魅力は、例えば公園の造成や行政のサービスの改善など、自分の仕事が比較的短期間で目に見える形になったり、それによって地域の人々に喜んでもらえるところです。
選挙に落ちればそれまで。兼業でなければ即無職で収入も途絶えるという厳しい世界ですが、挑戦する価値は大とみなしていいでしょう。地方の議会で経験を積めば、将来的には国政に挑戦という可能性もあります。
普段から抱いている地域への思い、行政に対する不満や疑問、民間のビジネスとは異なる世界への好奇心、そういったものを持っている人は地方議員をめざしてみてはいかがでしょうか。
文・中野渡淳一
文筆業者。著書に『怪しいガイドブック~トラベルライター世界あちこち沈没記』『漫画家誕生 169人の漫画道』。この他「仲野ワタリ」名義で『海の上の美容室』「猫の神さま」シリーズ等小説作品多数。『moneyscience』では生活者目線で最新トレンドの記事を中心に執筆。