個人事業主も、事業拡大により人手が必要になるケースがあります。本記事では社員、パート、アルバイトなど形態を問わず、初めて人を雇用する際の手続きについて解説します。ただし、家族が事業を手伝う場合は、第三者と適用制度が異なる点に注意してください。記事内でも分けて説明していますので、ご確認ください。
個人事業主が従業員を雇う場合にやるべきこと
最初に、家族以外の第三者を従業員として雇用する際の手続きについて潤を追って解説します。
1:従業員に労働条件を通知する
雇用する従業員に対し、労働条件を提示します。これは法人、個人事業主問わず必要な作業です。
一般的に次の内容を通知します。
- 雇用形態
- 契約期間
- 労働時間
- 業務内容
- 休日休暇
- 給与
- 給与の支払い方法や期日
- 勤務地
- 退職金
通知は、口頭ではなく「労働条件通知書」を作成することが一般的です。従業員が1人だとしても、就業規則を作成しておくと不要なトラブルを避けることができます。NDA(秘密保持契約)を交わしておくとより安心です。
2:給与支払事務所の手続きを行う
人を雇う場合、税務署に「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」を提出します。書類の提出期限は、雇用から1ヵ月です。
開業届を出すタイミングですでに雇用が決まっている場合は、開業届にある「「給与等の支払の状況」欄に、従業員数などを記載します。この場合は、改めて「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」を提出する必要はありません。
3:労働保険の手続きを行う
個人事業主が従業員を雇った場合、人数に関わらず労働保険に加入しなければいけません。
加入条件 | 従業員1人から加入 |
届出先 | 労働基準監督署 |
必要書類 | ・労働保険関係成立届(雇用から10日以内) ・労働保険概算保険料申告書(雇用から50日以内) |
4:雇用保険の手続きを行う
加入条件を満たしている場合、雇用保険の加入手続きが必要です。従業員が失業した場合、次の職が見つかるまでの一定期間、給付される制度です。
加入条件 | ・1週間の所定労働時間が20時間以上 ・31日以上の雇用見込みがある |
届出先 | ハローワーク |
必要書類 | ・事業所設置届(雇用した日の翌日から10日以内) ・雇用保険被保険者資格取得届(雇用した日の翌月10日まで) |
【注意】令和4年度より雇用保険の事業者負担が増加しています。一般事業の場合、令和4年4月1日〜9月30日は6.5%、10月1日〜令和5年3月31日は8.5%です。
5:社会保険(健康保険・厚生年金)の手続きを行う
社会保険に関しては、基本的に従業員数により強制加入・任意加入が決まります。
加入条件 | 従業員常時5人以上(強制加入) ※4人以下の場合は、任意加入 |
必要書類(1) | 健康保険・厚生年金保険 新規適用届 健康保険・厚生年金保険 被保険者資格取得届 |
届出先(1) | 所轄の年金事務所 |
必要書類(2) | 健康保険被扶養者(異動)届 |
届出先(2) | 社会保険事務所 |
提出期限 | 従業員5人以上になった日から5日以内 |
6:源泉徴収の準備
従業員に「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」を記入してもらいます。個人事業主であっても、雇った従業員の給与額をもとに、所得税を計算する必要が生まれます。源泉徴収額を正式に計算するためには、扶養家族の情報が必要となるため、必ず書いてもらいましょう。
源泉所得税の納付期限は、通常、徴収した日の翌月10日です。
例)4月30日給与支払い(振込)→5月10日
しかし、業務以外の事務作業も自分で行うことが多い個人事業主にとって、事務作業の増加は大きな負担です。そこで、おすすめしたい制度が「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請」です。
条件は「給与を支払う人数が常時10人未満」であることのみ。国税庁の公式webサイトから「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」をダウンロードし、記入した後、所轄の税務署に持参または郵送すればOKです。
1月から6月までの分は7月10日、7月から12月までの分は翌年1月20日にまでに納付します。事務作業の負担が減るのは、大きなメリットです。ただ納付期限が来たからといって、税務署からお知らせがあるわけではないため、納付を忘れないようにしましょう。
個人事業主が家族を従業員にする際の注意点
個人事業主の場合、家族に“手伝ってもらう”ことも多いでしょう。ただ、家族の場合、第三者のように「従業員」ではないため、手続き方法が異なります。
確定申告時に「青色申告」「白色申告」、どちらを選んでいるかによっても、対応が異なるため注意してください。
青色申告:「青色事業専従者給与に関する届出」を提出
「青色事業専従者給与に関する届出書」を提出することで、家族に払う給与を経費にすることができます。
青色事業専従者給与の条件を満たすためには、次の3点全てに当てはまる必要があります。
- 青色申告者と生計を一にする配偶者その他の親族である
- 12月31日現在で年齢が15歳以上
- 青色申告者の事業に関し、1年のうち6ヵ月以上専ら従事している
提出期限は、必要経費にしたい年の3月15日まで。年度の途中で開業した場合、家族に給与の支払いを決めた場合は、その日から2ヵ月以内が提出期限です。
家族に給与を支払う場合であっても、「給与支払事務所等の開設届出書」の提出は必要です。
白色申告:「事業専従者控除」を活用
白色申告の場合、支払った給与を経費にすることはできません。その代わりの制度が「事業専従者控除」です。
支払った給与の金額は関係なく、一定額の控除が認められている仕組みです。
適用金額は、次の2種類のうち、どちらか低い方です。
- 配偶者であれば86万円、配偶者以外は50万円
- 事業専従者控除適用前の事業所得等の金額を「専従者の数+1」で割った金額
また、事業専従者の条件を満たすためには、次の3点全てに当てはまる必要があります。
- 白色申告者と生計を一にする配偶者その他の親族である
- 12月31日現在で年齢が15歳以上
- 白色申告者の事業に関し、1年のうち6ヵ月以上専ら従事している
「大学生の子どもが手伝っている」「会社員の配偶者が、土日だけ手伝っている」といったケースでは、事業専従者の条件に当てはまらないため注意してください。
また、「事業専従者控除」を使用した場合は、「控除対象配偶者」や「扶養親族」になることはできません。
損をしないためには年度末の収支決算の内容をチェックした後で「扶養控除」「事業専従者控除」、どちらを選ぶのか決めることが大切です。
個人事業主の従業員に関するよくある質問まとめ
個人事業主の従業員に関する質問について、回答をまとめました。
Q.従業員の給与の決め方を知りたい
A.最低賃金、割増賃金(深夜・休日労働、8時間以上の労働など)など法律上の問題をクリアする必要があります。また給与は、売上に関係なく支給する必要があります。
後から給与を下げることは、従業員のモチベーションにも影響するため注意が必要でしょう。身近には、月給は低く抑えつつ、業績に応じた賞与を考えるといったケースも多いです。
Q.個人事業主が家族を従業員にすることはできますか?
A.はい、家族が条件を満たしていればできます。青色申告の場合は「青色事業専従者給与に関する届出」を提出、白色申告の場合は、「事業専従者控除」を利用します。
Q.個人事業主は従業員かどうか知りたい
A.従業員とは、法人または個人事業主に雇用されている立場をいいます。正社員、契約社員、アルバイト、パートなど、全て従業員です。個人事業主は、その名の通り「個人」で「事業」を営んでいる立場のため、従業員には当てはまりません。
Q. 個人事業主は従業員1人でも社会保険加入が必要?
A.従業員が1人の場合でも、労働保険に加入する義務があります。1週間の所定労働時間が20時間以上、31日以上の雇用見込みがある場合は、雇用保険にも加入してください。
事業規模が拡大したら従業員を雇おう
個人事業主として事業を始め、事業が拡大するにつれ、従業員を雇うのは自然な流れです。ただし、雇用契約を結ぶ以上、毎月きちんと給与を支払うことはもちろん適切な事務作業も求められます。
また家族が事業に携わる場合は、青色申告か白色申告かにより、控除の内容が異なるため、あらかじめ確認しておくことをおすすめします。
文・柚月朋子
フリーランスとしての経験やポイント投資からスタートした経験を活かし、年間200本以上の記事を執筆・監修。投資初心者にわかりやすい記事執筆が目標。